「見よ、それは極めて良かった」
(創世記 1章31節)
キリスト教では、この世界の被造物全体を神様がお造りになったと信じています。
注意しなければならないのは、聖書の言葉通りで世界が出来たということでなく、天地創造を通して、被造物全体にどのような神様のお心があるのかを味わうということを大切にしています。
ある年のお泊り保育で能勢の山に行った時に、細い針のような松葉を木の幹にずっと刺し続けている子が居ました。
大人の私には、何が楽しくてそうしているのかは分かりません。
けれども、その子は、自然一杯の神様が造られた世界の中で、楽しみを発見した姿は、それこそ「極めて良かった」と思わされました。
今春、園庭で見つけた青虫を子どもたちは、一所懸命お世話をしています。そんな青虫が、蛹になった時にも、子どもたちはそれを喜び、蝶になるかなと希望を抱きながら、蛹を見つめている目はキラキラと輝いています。(無事にちょうちょになって飛び立っていきました)
神様が造られた世界を楽しみ、味わう子どもたちの姿を通して、世界の美しさを教えてくれます。子どもたちこそ純粋にこの世界に示されている神様の恵みを喜び、受け取っているとつくづく実感します。
この子どもたちの心を豊かに、大きく、優しさで溢れる人として成長するように、一緒に子どもたちと世界に溢れる神様の恵み、喜び、光を発見することを楽しみたいと思います。

